TOP » 大和ハウス工業 年収
大和ハウス工業 年収
大和ハウス工業の年収は、これからも上がり続けるかもしれません。
大和ハウス工業株式会社は、大阪市北区に位置する大手住宅総合メーカーで、最近では奇抜なCMで知られているのではないでしょうか。
住宅業界の売上高では1位にランクされ、2006年には、近畿圏のマンション供給戸数のランキングで2位に立つなど、徐々にその活躍が目立ち始めています。
その経営戦略は、戦後まもなくの時代、創業者である石橋信夫氏が、人の最低限の生活に欠かせない衣食住のうち、住に焦点を当て考えたことから着想を得ているそうです。
戦後、捕虜となった先のシベリアから帰り、まだ荒れ放題の国内の状態を目の当たりにしたとき、すぐに、そして簡単に建てられる住宅が求められていると考えたのが元となり、1959年にはプレハブ住宅の事業を開始しました。
このミゼットハウスという名のプレハブ住宅は、従来の建設現場の常識を覆すほどインパクトのあるものでした。
加えて、その後、子会社の大和団地が日本で始めて住宅ローンを開始したこともあり、現在の住宅建設の草分け的存在となりました。
現在もプレハブ住宅は、xevo(ジーヴォ)という名で改良されたものが製造販売されており、大和ハウス工業を代表する商品のひとつとなっています。
1978年には、能登ロイヤルホテルをオープンし、住宅建設の枠に収まらない事業拡大が行われ、次いで、ホームセンター、ゴルフ場なども取り扱うようになります。
当時の大和ハウス工業は勢いがあり、この事業拡大に度々、総合生活産業という言葉を用いていました。バブル崩壊後、景気が後退してからは、経費削減のため、しばらくテレビCMは行っていませんでしたが、ここ数年再びCMが流れるようになりました。
「なんで大和ハウスなんだ?」や、役所広司の「大和ハウチュ」というフレーズが際立つCMは、皆さんテレビを観る限り絶対一度目にしたことがあるはずです。
大和ハウス工業は、2008年に東京証券取引所上場に乗り出し、結局景気悪化を理由に翌月には取り下げたという話もありましたが、平均年収を見る限り、順調に伸び続けています。
2008年の大和ハウス工業の年収はおおよそ750万円です。
少し前まで600万円台をずっと推移していた点に加え、従業員数も徐々に増えているところをみると、CMによる効果はなかなか大きいのではないかと判断できます。
ただし、この業種の場合、勤続年数はあまり長くありません。大和ハウス工業で働く場合、営業職がほとんどですが、やはり仕事量が多く、プレッシャーも重たいようです。
契約を多く取るなどして業績を伸ばせば、ダイレクトに年収に繋がるシステムも大和ハウス工業にはあるようですが、実際には年功序列を根本から払拭できておらず、また個人の成果ではなく、営業所単位の評価になる場合が多く、成績はあまり年収に繋がらないという不満も見られます。
しかし、将来的にこのシステムは本格的に改善される見込みが大きいようです。
実際にどんどんと実力主義にシフトする流れの陰には、競争についていけずに役職にも就けなくなった50代なども居るそうです。
大和ハウス工業は、安定を求める人には不向きな職場かもしれません。
一方で、大和ハウス工業の年収が、一般的な建設業界に比べて100万円ほど多いのも事実です。
また、この年収は上記のように、将来的に結果を出せば出すほど多くすることも可能でしょう。
広く知られたブランド名という強力なバックボーンもありますから、企業自体が急激に下落するということも考えられません。
住宅業界において、やはり大和ハウス工業はこれからも注目を集める企業に間違いないでしょう。